デジタル印刷技術+バリアブル印刷技術+自動組版 自動組版のはじまり?

JAGATなど、積極的に、技術者の教育の必要性を訴えた報告が、
ネットで見ることができるから、意識としてあるとは、
思うが具体的行動が無い。


つまり、1000社程度といわれる会員企業からのニーズはあっても、
ビジネスにならないので講座を作れない。


これが、事実ではないでしょうか。


それと、デジタル印刷技術+バリアブル印刷技術+自動組版となると、
教える人がいないのでは。


実務でやっている人は、極少数。

加えて教えたくない秘密にしておきたいことが
いっぱい出てきます。


シンプルシステムが、AUTOCADに、組版機能をのせて、200万~300万で
販売していた時代、お付き合いができました。

PCでの自動組版を指向していたので
中間ファイルであるファイル形式を、教えてもらい、できた中間ファイルを
コンバートして、東レFXの普通紙に出して校正をして、校了データを印画紙に
出力して、外字を張り込んで、製版に回していました。


東レのFXという組版機とフイルム出力機により、3500ページになる
団体○鑑という書籍のプリプレスを自動化したのですが、FXでの出力は
伝票などの帳票の出力が主体で、零細印刷所に1台か2台入り
印画紙出力は、代理店であったクスダのほうで、出す。


せいぜい、5枚とか10枚で、それ以上は、出したことがなかったのです。


それが、印画紙がロールで、60本ほど1シーズン使用してでしょうか。


当時、写研・モリサワの専用機で、組版すると言うのが、主流で、
FXで、前年凸版が、CTSでやったものを、印画紙までFXで処理するというのは
どこもなかったのです。


2014年今考えれば、入力はXMLで行い校正しながら、校了データは、
CTPに直接出せるようになって、隔世の感がありますが、
ほんの、20年前のできごとです。


ファンクション組版と同じように、シンプルファイル(中間ファイル)に
1行の文字が、入る入らないを計算して、文字列を切り、行頭禁則に
なる場合は、禁則文字を前の行に入れて、つめ処理をしたことを思い出します。


つまり、自動組版を、知ったのは凸版+廣済堂による名簿処理が、初めてでした。


1970年ころです。


あこがれの処理です。

当時はアッセンブラーにより難しい処理をしていたように
思います。


たぶん、その時代が日本における自動組版の歴史の始まりではないでしょうか。


■[参考] デジタル+印刷+営業の未来を拓く。


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